葉山マリーナ50周年

葉山マリーナは今年で開業50周年になり、写真展をやっている。昨日は昼食とかけて見に行った。マリーナができる以前の周辺を含めた写真は珍しく、開業当初の写真には懐かしいものも多かった。今も続いているNonaグループがディンギーを買ったのは、1971年12月だ。それは雑誌KAZIの売りたし欄で見つけたYAMAHA15で、葉山の陸置権も譲り受けた。これが当時の写真だ。我々のヨットは、上の写真ではおそらく置き場の奥の中央付近にあったが、特定できない。
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慣れるまでは北風のときの入港は気を遣った。左ぎりぎりを狙ってスピードをつけていかないと、止ってしまい下手をすると押し戻されてしまうか、右側の岸壁に接近してしまうからだ。もっとも出港時にも1回大失敗をした。お客さんの女の子を乗せて3人で出ようとしたら、出てすぐに風を受けて沈をした。彼女が風下にいて咄嗟にハイクアウトもシートを出すこともできなかったのかもしれない。72年の5月末だから、乗り出して2か月くらいのときだった。

クルーザーを買って油壷で活動を始めたのが1980年秋だから、これはその数年前の航空写真。YAMAHA15から470に乗り換えた頃で、手前下に置いてあった。
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50周年記念のポロシャツとTシャツを売っていた。ポロが気に入り、購入。
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こうしてみると葉山もマリーナも開業当時の面影は、岸壁とその上の灯台くらいしかない。佐島マリーナは、葉山マリーナ以上に当時も面影がない。葉山でヨットを本格的に始める2年前の1970年の夏、佐島マリーナで4回Y15に乗った。高校時代の仲間からヨットを始めようと誘われ、友人の姉上の友人で、慶応逗葉の女子大生に佐島で2日間教えてもらった。その後、我々だけでレンタルを借りて練習した。しかし、私が陸で待っているときに友人たちが沈をしグースネックを壊した。修理代で5000円だったかを払ったと思う。それでヨットの熱は冷め、その仲間でのヨット購入は実現しなかった。当時の佐島マリーナは、夏でも空いていて別世界のようだった。日産に買われる前の時代で、森繁久彌色の濃い当時の佐島は葉山以上に懐かしい。

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